結局、図らずも年末年始を日本で過ごす展開に。
奥様も最初チェコに残して一人で帰国していましたが、しばらく帰れなさそうということで帰ってきてもらい、病院もない年越し年明けは双方の両親と過ごしました。
日本の両親や家族、それに友人知人、ごくごく限られた人たちしか会えませんでしたが、自分が一番心配だった「仕事は大丈夫なのか」というところを突っ込む人はほとんどいなくて、みんな自分のことのように「どうやって折ったのか」とか「折ってどうなったのか」とか「そりゃ大変だったな」とか「で治るのそれ」とか、心配して聞いてくれる人たちばかりでした。
そこで思った。そうか、自分の仕事なんて気にしているのは自分だけで、自分がいなくても会社、社会、世界は回っていくし、なんら問題がないのだと。
そんなことより、自分が自分であるために、変わらず健康でいることとか、家族やみんなが変わりなく幸せかどうかとか、そういうことの方が全くもって大事である、ということに改めて気づかされました。
そしてさらに思った。自分は今まで、仕事ばかりしていた、というか、仕事「しか」していなかった。こうやって、大切な人たちと直に会ったり、じっくり話をしたり、くだらないことで笑ったりとか、全然してこなかった。
そしてその間に気がついた。え、もう平成30年なの?と。
周りのみんなが年を取り、人生をどんどん進めていて、自分は遠いところでひたすらに毎日の目の前の仕事をこなすことで精一杯で、自分を見つめるとか、人生をどうするとか、そんなこともなくただひたすら走り続けていた。
本当は骨折がなかったら、日本に帰ってくるつもりはなかったわけで、このしょうもない骨折は、神様が「もうこいつはいつまで外でほっつき回っているんだ。日本にも帰りなさい。立ち止まって自分を見つめ直すべし。えいっ!」と言って、ちょっとこけた時に余計な力をウムって加えたに違いない。
両親は、骨を折ったアホな息子にあきれていましたが、まあ久しぶりに帰ってきたのでむしろ嬉しそうでした。
というわけで、プラハに戻ってきてからは健康、家族、周りの人たち、人として当たり前のことを大事にしよう、と思って日々を過ごしています。
言葉だけ聞くと浮いちゃうけど、ここまでの文脈を踏まえれば、つまり「自分を大事に」、「当たり前を大事に」すること、「(敢えて)仕事をしない」、仕事をしすぎないこと、を意識的にやっています。そうすると、自分を一歩引いて見れる気がして、なんだ実はこんなことできるじゃんとか、まだこれやってないな、とか、いろんなことに気づきます。
仕事しすぎて普段のパフォーマンスが落ちるより、敢えて仕事しないでコンディションを整えたほうが結果として量質ともに仕事ができるようになる。
あれもこれも、よくばって休みや睡眠を削るより、よく休んでよく寝て毎日を大事に過ごす方がよっぽど楽しい。
で骨ですが、一応2月下旬にプラハでレントゲンを撮ったところ、まあくっついているということだったので、もうサポーターも外しております。ちょっと傷口がまだ不安な感じはしておりますが、油断せずコツコツいきたいと思います。
最後、今回の骨折で、助けていただいた、お世話になった、ご迷惑をおかけした、周りの皆様に、本当に感謝です。ありがとうございました。こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。
以上
そこで思った。そうか、自分の仕事なんて気にしているのは自分だけで、自分がいなくても会社、社会、世界は回っていくし、なんら問題がないのだと。
そんなことより、自分が自分であるために、変わらず健康でいることとか、家族やみんなが変わりなく幸せかどうかとか、そういうことの方が全くもって大事である、ということに改めて気づかされました。
そしてさらに思った。自分は今まで、仕事ばかりしていた、というか、仕事「しか」していなかった。こうやって、大切な人たちと直に会ったり、じっくり話をしたり、くだらないことで笑ったりとか、全然してこなかった。
そしてその間に気がついた。え、もう平成30年なの?と。
周りのみんなが年を取り、人生をどんどん進めていて、自分は遠いところでひたすらに毎日の目の前の仕事をこなすことで精一杯で、自分を見つめるとか、人生をどうするとか、そんなこともなくただひたすら走り続けていた。
本当は骨折がなかったら、日本に帰ってくるつもりはなかったわけで、このしょうもない骨折は、神様が「もうこいつはいつまで外でほっつき回っているんだ。日本にも帰りなさい。立ち止まって自分を見つめ直すべし。えいっ!」と言って、ちょっとこけた時に余計な力をウムって加えたに違いない。
両親は、骨を折ったアホな息子にあきれていましたが、まあ久しぶりに帰ってきたのでむしろ嬉しそうでした。
というわけで、プラハに戻ってきてからは健康、家族、周りの人たち、人として当たり前のことを大事にしよう、と思って日々を過ごしています。
言葉だけ聞くと浮いちゃうけど、ここまでの文脈を踏まえれば、つまり「自分を大事に」、「当たり前を大事に」すること、「(敢えて)仕事をしない」、仕事をしすぎないこと、を意識的にやっています。そうすると、自分を一歩引いて見れる気がして、なんだ実はこんなことできるじゃんとか、まだこれやってないな、とか、いろんなことに気づきます。
仕事しすぎて普段のパフォーマンスが落ちるより、敢えて仕事しないでコンディションを整えたほうが結果として量質ともに仕事ができるようになる。
あれもこれも、よくばって休みや睡眠を削るより、よく休んでよく寝て毎日を大事に過ごす方がよっぽど楽しい。
で骨ですが、一応2月下旬にプラハでレントゲンを撮ったところ、まあくっついているということだったので、もうサポーターも外しております。ちょっと傷口がまだ不安な感じはしておりますが、油断せずコツコツいきたいと思います。
最後、今回の骨折で、助けていただいた、お世話になった、ご迷惑をおかけした、周りの皆様に、本当に感謝です。ありがとうございました。こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。
以上

